ボブと秋葉原へ

秋葉原

いつの時代も特別な空気がある秋葉原

秋葉原という空間は、やはり特別な空気があるものです。
これは、今のようなオタク文化の聖地ともいえるようになってからの秋葉原というだけではなく、マニアックな電気街であった時代でも特別な街でした。

私の場合には、仕事柄PCを扱ってきたので、今のような秋葉原の前の姿から知っています。
それこそ、怪しい無線機器が売っていたり、いったいどこの国のどんな機材なんだろうというようなものが投げ売りされていたりする時代ですから、今とは全く異なる顔をしていたことです。
その時代も楽しかったものですが、今の秋葉原はまた違った顔になり、それはそれで楽しめばいいのではないかと思っています。

そんな秋葉原に興味津々で、オタク文化があったからこそ日本に住んでいるのがボブなのです。
ある意味で、新時代のオタク文化を持つ日本人というか、秋葉原人とでも言えばいいのか、そんな存在だといっていいでしょう。

ボブの日本語も、秋葉原に行きたいから覚えたもので、どっかでずれているわけです。
正直通じないことも山ほどあるため、ボブに引きずられる形で秋葉原に行ってきました。
シェアハウスで暮らすということは、こんなことも起きるものなのです。

ごつい青い目のオタク男と引きずられる通訳のサラリーマン

ボブの場合、背も高く肩幅もあり、どこからどう見てもカーボーイでしょと思うほどしっかりしています。
それが、どこで見つけたのか、萌えキャラなのか何なのか判別が付きませんが、かわいいTシャツを着て歩くのです。
ただし、胸板が厚いので、太ったキャラになってしまっているのですから笑えません。

ですが、ボブにとって秋葉原は聖地なのです。
私たちがPCのパーツやソフトを買いに行ったりするのではなく、あがめるほどの聖地であるというのは大きな違いでしょう。

すべてのものが新鮮で、でかい体で青い瞳のごつい顔がキラキラと光っているのです。
ある意味で不気味なのは当然です。
それが、どこからどう見てもサラリーマンな私の腕をつかみ、萌えキャラさがしに奔走しているのですから、ある意味で滑稽にうつったものなのでしょう。
通訳をしなければいけない私を見ても、どこの店員さんも引いているのがわかりました。

異文化に触れる楽しみ

異文化に触れるということは、やはり新鮮なことです。
ボブのそういった表情を見るのも新鮮ですが、彼にとってはすべてがカルチャーショックなのでしょう。
夢とあこがれも含めてですが、何とも表現できない状況だったはずです。

多国籍なシェアハウスに住んでみると、こうしたことがいろいろと起きます。
常にボブが感じているような、カルチャーショックの連続だといってもいいでしょう。

それが私にとっては、大いなる刺激であり、楽しみであるからこそ、シェアハウスに住んでいるのです。
ほかに引っ越したりしないのは、こんな楽しみを日本で味わえるのですから、当然だといえるでしょう。