言葉は教えあいの精神

英語

いろいろな言葉が飛び交うシェアハウスにて

多国籍なシェアハウスに住んでいると、当然いろいろな言葉が飛び交います。
アメリカの英語にクイーンズイングリッシュ、中国語にポルトガル語、それに日本語。

様々な言葉が飛び交いますが、共通点としては、どこかに日本語が混じっているということでしょうか。
本来であれば、英語が共通語になりそうなものですが、住んでいる場所が日本ということで、どこかに日本語が混じりつつ、さまざまな言語が飛び交うのです。
これは、ほかの場所では見られない光景だと思っています。

私はシェアハウスに住んでいる一つの目的でもありますが、自分はできるだけ英語を使い、日本語を覚えたい人には教えるということがただでできるのです。
ただし、ボブの英語は意外とスラングが多く聞きにくいところがあるので、もっぱらジャックとシャオハンが相手になります。

ジャックの場合には、クイーンズイングリッシュの上、英語の先生をしているため、とてもきれいな言葉を教えてくれるのです。
シャオハンは、香港の人なので、英語は小さい時から使っており、こちらもきれいな言葉で教えてくれます。
二人とも、日本語が使えるようになりたいという所は共通ですが、日本語の教育を受けたことがあるわけではないため、今の環境が新鮮なようなのです。

言葉は習うより慣れることができる環境

言語というものは、学ぶという姿勢が大事ですが、毎日使い自然に身につけていくことも考えなければいけません。
学ぶというよりは慣れるという感覚ですが、どこからともなくなじんでいくことができると、自然に上達するのです。
英語をしゃべることができないのに、3か月も英語圏にいれば、自然としゃべれるようになるというのと似ているでしょう。

シェアハウスのような環境に住んでいれば、自然といろいろな言葉が飛び交います。
否が応でも、言葉は耳に入り、だんだんとなれてくるものなのです。
それが日本にいながらできるのですから、どうだいいだろうと本気で思える環境だといっていいでしょう。

ただ問題は、日本語を教えるということが難しいということです。
日本語の文法は、ほかの国の言葉となかなか合致しません。
発音の数も多く、漢字という壁もあります。

シャオハンには、漢字は母国語ですからまだ何とかなりますが、それでも文法の違いはつらいようで、助詞や助動詞の使い方まで考えると、言葉が出なくなるそうです。
何気なく使ってきた日本語ですが、実は難しかったのだと再確認できる瞬間でした。